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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)3089号 判決 1964年4月13日

原告 乾勝次郎

被告 川田妙浄

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告に対し別紙目録<省略>記載の各土地に対する東京法務局板橋出張所昭和二二年一二月一日受付第一〇、二九六号同日附売買による被告名義の所有権取得各登記及び同出張所昭和二七年二月一四日受付第二、二一〇号被告に関する所有者氏名変更各登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求の原因として、

一、別紙目録記載の各土地(以下本件土地と称する)は原告の所有である。

二、右所有権取得の事由並びに事情は次のとおりである。

(1)  原告はかつて東京ガス会社に永年勤務したものであるが、その退職金に亡母死別時に贈られた金員等を加えて従前居住していた家屋の敷地(本件土地に当り、分筆前は豊島区長崎二丁目九番二宅地一九三坪四合六勺であつた)を入手しようと心掛けていた。

被告はその間原告の妻として同居していたが、終戦後折合いがうまく行かず、遂に昭和二二年七月一日両人は別居するに至つた。

(2)  原告は右被告との別居後である昭和二二年七月二〇日本件土地所有者であつた訴外田島藤三郎との間に、田島の財産税を原告が負担する条件のもとに、本件土地を坪当り金一〇〇円、合計金一万九、三四六円をもつて買受ける旨契約し、即日手附金二、〇〇〇円を支払い、同年一一月六日までに残代金等は完済し、本件土地の所有権を取得した。

(3)  併し原告は本件土地の買受に当り前記のとおり負担した財産税及び登記手続費用に不足を来したため、友人である訴外井上藤吉から金一万円を借用した。

然るに被告の姉である訴外川田しのは、右原告の井上からの借財に賛成せず、却つて原告の必要とする費用は用立てるから本件土地を同女宛に担保に出して欲しい。井上に対する借用返済金は貸与する旨申出たので、原告はこれに同意し、同女に対して本件土地に関する一切の権利証書を手渡し同時に同女が貸与金担保のためであるからというので、一旦本件土地所有名義人はこれを被告とすることにも同意し、かくて昭和二二年一二月一日付請求の趣旨記載の被告に対する所有権取得登記(当時も前記地番宅地一九三坪四合六勺であつた)がなされるに至つた。もとより、同女に対し借受金を返済のうえは、本件土地の登記名義は被告名義より原告宛戻す約であつた。而して同年同月二四日原告は同女から金一万〇、七〇〇円の用立てを受けたので、同月二九日これをもつて前記井上に対する前記借用金を返済した。

(4)  ところがその後に至り、右川田しの及び被告は原告に対して前記貸与金の返済を迫るようになり、担保に入れた本件土地を没収するとまでいうようになつたので、原告は翌昭和二三年三月再び前記井上と交渉し一切の事情を打明けて更めて同人より金一万一、〇〇〇円を借受け、同月一八日右借受金をもつて川田しのに対して、同女からの借受金に利息金三〇〇円を加えて元利合計金一万一、〇〇〇円を支払つた。かくて原告は同女に対する債務を完済したので、同月二三日同女から本件土地に関する前記手渡してあつた書類の返還をも受け、右井上に対する借入金債務は別として、本件土地に関しては原告において完全な所有権と満足すべき権利の徴ひようを得たものと確信していた。

三、然るに、本件土地については前記のとおりで被告名義による前記田島からの売買を原因とする所有権取得登記が抹消されないまゝでいて、原告の本件土地に対する所有権の実体に反する。のみならず、原被告間には同二六年一一月一〇日裁判上の離婚が確定したところ、被告は同二七年一月一九日早朝原告方に侵入して原告所有の本件土地に関する権利証その他一切の書類を窃取したうえで、同年二月一四日右権利証及び偽造印鑑使用による名義変更委付状を偽造行使して本件土地につき被告名義に関する請求の趣旨記載の所有者氏名変更登記手続を了した。

四、本件土地については、添付別紙分筆経過表に記載のとおり、その後数回に及ぶ分筆登記がなされている。併し分筆後の登記は分筆前の登記事項を継承したもので、請求の趣旨に表示の各登記については以上の記載のとおりでいずれも真実に合致しないから、原告はその所有権に基き、被告に対し本訴をもつて各登記の抹消登記手続を求める。

と述べた。

被告訴訟代理人は、本案前の申立として、主文同旨の判決を求め、

その理由として、本訴請求のうち所有権取得登記の抹消手続請求については、原告において既に過般被告に対し、本件物件と同一の目的物につき、被告は原告に対しその所有権移転登記手続をなすべき旨の当庁昭和三一年(ワ)第三、三六六号土地所有権移転請求事件の訴の提起があつたものであり、右事件は東京高等裁判所同三三年(ネ)第七〇四号同控訴事件、最高裁判所同三五年(オ)第一、一六五号同上告事件を経て、原告の請求は棄却する旨の判決として確定しているから、訴訟物が同一であるので、既判力の適用を受ける。原告の両訴における主張は、要するに、本件土地に対する登記請求権であり、登記請求権はその主張の所有権の帰属と、これを反映すべきでありながらこれとてい触する登記簿上の記載があるという二要件から成る法律上の主張で、右二要件事実が具わればそれだけで特定し、仮りに両訴におけるその主張事実の経過において些少の相違があつても、結論を異にしない。従つて原告は右本訴の請求について繰返し審理を求めることを許されず、訴そのものゝ却下を免れない。またその余の本訴請求も訴をもつて求める利益が全くない。

と述べ、

本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、原告の請求原因に対する答弁として、登記関係を認めるほかは原告の主張事実を全部否認する。

と述べた。

理由

原告の請求について、被告から本件土地所有権移転登記の抹消登記手続を求めるものにつき、既判力による遮断がある旨及び同土地の所有者氏名変更登記の抹消登記手続を求めるものにつき訴の利益がない旨の申立があるから、まずこれらの点について検討する。

一、所有権移転登記の抹消登記手続の請求について

職権をもつて調査したところ、原告は被告に対し、当庁昭和三一年(ワ)第三、三六六号土地所有権移転請求事件を提起して本件土地の所有権移転登記手続を訴求し、その請求の原因として、「本件土地は原告が訴外田島藤三郎から昭和二二年七月二〇日代金約二万円をもつて買受けたもので、原告の所有であるところ、本件土地の登記簿上の所有名義は被告となつているから、原告は所有権に基き被告に対し本件土地の所有権移転登記手続を求める。」旨述べ、なお事情として、原告が本訴において述べるごとく被告を介して被告の姉である訴外川田しのから同二二年一一月二五日立替税金、登記手続費用に充てるべく金一万〇、七〇〇円を借受け、その際右借用金員返済まで本件土地の登記簿上の所有名義は被告としておく旨約したこと、原告は右川田しのに対して同三一年一二月七日右借用金員を返済したこと、そこで原告は右特約に基き被告に対し本件土地の所有権移転登記手続を求めたが応じなかつたことを附陳したこと、而して右事件については審理のうえ同三三年三月一九日「原告の請求を棄却する」旨の同庁の判決云渡があり、その後東京高等裁判所に同庁同三三年(ネ)第七〇四号同控訴事件として係属し、審理のうえ同三五年四月二八日控訴人本件原告の控訴棄却の判決の云渡があり、更に最高裁判所同三五年(オ)第一、一六五号同上告事件において、同三六年三月一七日上告人本件原告の上告棄却の判決の云渡があり、原告の前記請求棄却の判決は当事者間に確定したこと、をいずれも右事件の記録により明らかに認めることができる。

そこで、同一当事者間で同一の物件につき原告が被告に対し所有権に基く物上請求権として登記協力義務の履行を求める点においてはすべて同一であること明らかな本件前訴及び本訴の間で、既判力の適用が及ぶか否かを更に考えて見るのに、

(一)  本件土地について前訴の後に添付別紙一覧表に記載のような数次の分筆があつたことは、原告の自ら述べるところである、併し分筆により本件土地に対する原被告間の法律関係が変化するものでないのはいうまでもないこと。

(二)  同一の物件につき被告から所有権移転登記手続を求めるのと、被告の現存の所有権取得登記の抹消登記手続を求めるのとでは、元来求める対象の登記が異なるのであるから、その請求権も別で、請求権の成立要件についても全く別に構成されるべきなのが原則であるところ、現在の実務では、抹消登記手続を求めるのに代えて移転登記手続を求めるのを許すのが例であるから、前訴で移転登記手続を求めておりながら、その意思が右のようなものでなかつたかをも更に調べて見る必要があること。然るにこの点については、前記請求原因にも明示されているように、原告は前訴で、本件土地に対する原告の所有権にてい触する被告名義の所有権取得登記につき、その実体的権利変動のないことを挙げて、原告の権利が対第三者の関係で完全なものとして対抗できるよう被告にその移転登記手続を求めたものであつて、原被告間に所有権の変動があつたが故に移転登記手続を求めるものでなかつたことは明瞭であるから、原告は前訴で本件土地につき抹消登記手続を求めるのに代えて移転登記手続を求めたものであると認定するのが相当である。のみならず本件では前訴の後に前記のように分筆があり、現在では抹消登記手続を求める代りに移転登記手続を求めようとしても、本件土地の一部についてしかこれができない事情でもあること。

(三)  請求の原因について、本訴で、前訴に対する判断の基準時となつた口頭弁論終結時より後の事由については触れているものが何もないこと。

以上の関係事実が認められるから、前訴及び本訴はひつきよう同一の訴訟物にかかる請求であるということができる。

もつとも前訴に対する判決の事実摘示中には、前述のごとき登記名義を被告より原告に復すべき旨の特約のあつたことが指摘されているのであるが、元来登記請求権については中間省略登記を求める場合等特別の場合でなければ、これをある登記をなすべき旨の合意に根拠づけようとも又は物上請求権として構成しようとも、要は説明上の相違に過ぎず、こうした事実の指摘があつたからといつて、前訴と本訴とが、前述のとおりの趣旨で、即応する実体的権利変動を持たない虚偽の登記として抹消登記手続を求める点においては同一であるとの認定に対し、何ら妨げをなすものではない。事実上も前訴においては、原告が本件土地に対してその主張の事由で所有権を取得したかどうかが主たる争点として審理の進行が図られたものであり、関係の主張立証が尽され、十分綿密な審理を経ていることは、すべて記録上に明らかである。そして前訴及び本訴の間で原告主張の所有権取得に関する付帯の事情に関して、些末な点で若干の主張の相違があることは見受けられるけれども、だからといつて、このことが以上の認定を動かすに足りるとは到底認められない。

そこで、結局、原告は既に確定判決を受けた前訴の訴訟物につき、新な請求を容認するに足りる特段の事由が何ら認められない情況下で本訴を提起し、事案につき再度の判断を求めるものという外はないから、本訴の請求自体不適法であるというべく、訴として却下を免れないものである。

二、所有者氏名変更登記の抹消登記手続の請求について

本件におけるような被告の氏名の変更登記は、不動産登記法第二八条、第四三条、第五八条にいわゆる登記名義人の表示の変更の登記に当ると解される。従つて右第二八条第一項により登記名義人のみでその登記の申請が許され、同第五八条第一項により附記によりなされる。而して附記登記は主登記と一体をなし(同法第五三条、第五八条第二項)、主登記が抹消されれば同時に抹消されるべきものである(実務も同様の取扱である)。そこで登記名義人の氏名の変更登記は、登記法上一方で登記により対抗力を生ずるべき不動産に関する物権の得喪及び変更の対象となる権利の実体上の内容とは無関係、分断されたものと法律上看做されていると窺われるし、他方で独立にその抹消手続を得ておかなければその主登記の効力を争う利害関係人に実質上不都合な結果を齎す性質のものでないと解される。これらの点を考えると、原告が本件被告の氏名変更登記の抹消登記手続を求めるのには、それを求めるのに値する特段の主張立証がなければならないところ、かような事由が原告から主張されたことは一つもない。して見れば、原告がこの点の判断を求める利益ないし適格は全くないというの外はない。結局その請求自体不適法で、同じく訴として却下を免れないものである。

以上の理由で、本案の当否を論ずるまでもなく、原告の訴はこれを全部却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡山宏)

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